早島天來宗師大先生がご登仙されて、早いもので、すでに四半世紀を越える年月が流れました。
天來大先生の生涯はまさに“道”を求め、“道”に生きられた“タオイズムの旅”だったといえるでしょう。
病気直しの天才であり、また悩める人々には「人間は皆、楽しく生きていくように生まれてきたんだよ」と優しく語られ指導されてこられました。
天來大先生は1910 (明治43)年3月3日、現高知城造営の祖 大高坂家の嫡流として誕生しました。日本で導引術を伝えてきた村上源氏の末裔にあたります。
また、養家の早島家は気の医学を家伝としていました。1960(昭和35)年鎌倉に松武館を開設、中国五千年の健康法 「服気導引」を現代人向けにアレンジして、 独自の 「導引術」を完成したのです。
多くの人々の心と体を癒しながら、日本全国へ活動を広められていった天來大先生は、国内ばかりでなく広く海外にも目を向けられ、実践を重ねられました。そしてその旅は、台湾にて大きなターニングポイントを迎えることになりました。
1969(昭和44)年、台湾にて、寝たきりの病人を五日間で回復させたその神技が、台湾中に知れわたり、ついに道家龍門派の第十二代江家錦氏の耳にも届いたのです。
そのことで、中国以外の人では初めて道家龍門派第十三代を継承されることとなり、台湾で導引を受け継ぎました。
あわせて嗣漢天師府張天師より道士の資格を受け、嗣漢天師府顧問となられ、1985(昭和61)年には、嗣漢天師府から届いた信書により、 大師の位を允可されました。台南市道教会首席顧問にも就任しました。
天來大先生は、導引術、道家動功術そして道家の生き方を世に広めるために、執筆活動にも意欲を燃やしました。
1973(昭和48)年の『容姿端麗入門』を皮切りに、『人間は病気では死なない』 『導引術』の著書をあいついで発行。
1975(昭和50)年には『導引術入門―人不因病而死』が台湾でも刊行され、その後も何冊もの本が台湾、韓国で出版されて話題を呼びました。
日本道観を設立し、導引術の普及につとめました。
1982(昭和57)年に、著書『導引術入門』がベストセラーとなり、導引術が世に認知されるようになりました。
1984(昭和59)年発行の『酒風呂健康法』は、各地の書店でベスト10入りを果たし、それに便乗した酒造メーカーがこぞって浴用酒を発売するなど、酒風呂ブームを巻き起こしました。
1990(平成2)年には、中国雑誌『気功』 の顧問に就任。
1997(平成9)年から2001(平成13)年にかけては、 著書 『タオ健康法・導引術』の英語版、ドイツ語版、スペイン語版が発行されるなどして、日本だけでなく海外でもタオイズムが静かなブームとなりました。
“道を説く本を書きたい”という願いのもと、天來大先生は総数 80冊を超える著書を発行し、日本に、そして世界へとタオイズムの輪を広げたのでした。政財界や芸能界にもファンが多く、健康面、精神面での陰の支柱として多大な信頼を得たものです。
天來大先生のおっしゃっていた言葉です。
「人生はどんなに苦しくても、どんなに行き詰まっても、必ず行く道がある。そして多くの失敗をし、苦しい思いを越えるような人生でも、必ず開ける道があるんだよ。どんなことがあっても、君達には生きてゆく道がある。心配するな。」
聖経山(昆崙山脈の東南に位置する峰を指す)に建つ天來宗師大先生の書「人間は病気では死なない」の石碑。
平成3年5月21日に大先生が中国道教全真派発祥の地・文登市(山東省)で行われた国際研討会に日本唯一の道教修行者として出席をされ、その年の10月に記念碑が建てられた。
平成9年、早島妙瑞・早島妙聴学長をはじめとする日本道観一行は神清観の道長とともに石碑を訪れた。
導引は、五千年ほど前の中国に生まれ、歴史の中で育まれてきた健康法です。導引は朝鮮半島を経て、日本に伝わったとされています。
古代帰化人として有名な、百済出身の王仁が、朝廷に献上したのが、『論語』と『千字文』と伝えられていますが、そのとき同時に、『平法学』という武術書も献上され、その中には導引のことが記されていたのです。
この『平法学』が、清和源氏の武将・新羅三郎源義光 (1045-1127)から、瀬戸内の水軍で有名な村上源氏に伝わり、狭い船の中で居住する兵士の克病・健康法として奨励され、早島天來初代道長の先祖である大高坂家に伝承されていったのです。
そして、初代道長が、病気に悩むたくさんの人を健康にしてきた目覚しい体験を生かしながら、隋代に記された中国最高の医学書『諸病源候論』(巣元方著)をベースに、導引を現代人に合わせて見直し、一般にもわかりやすく、学びやすいように、独自に体系化したのが「導引術」です。
『諸病源候論』右は天來宗師大先生が翻訳された。
導引は健康法であるとともに、太極拳や少林拳など中国武術の前身でもあります。また八段錦や易筋経や、1950年代になってからまとめられた気功の元にもなりました。
導引術を体系化するだけでなく、大東流合気術と中国の動功術、その他、空手や剣術を含むさまざまな武術の修行錬磨と指導の中から、武道であり心身の健康法でもある、道家動功術を確立したのが、日本道観初代道長・早島天來宗師大先生です。
合気と導引は、王仁によって日本に伝来されたのですが、そのままの形ではすぐには普及しませんでした。
この武術は中国では掌形術とよばれていたもので、それが大東流合気柔術という武術として型を整えられて、はじめて普及しました。その型をつくったのは源氏の文武両道の武将・新羅三郎源義光といわれます。義光は八幡太郎源義家の弟で、河内源氏の出身です。
武術である道家動功術は、健康法である導引術と組み合わせることによって、武術であり健康法であり医術ともなり、タオイズムの実践ともなるのです。
つまり、両者が完全に関係しあうことによって、はじめて健康法=不老長寿の法=医術の大系となってくるものです。

大東流合気術の祖とされる源義光。 笙の名人でもあった義光の秘曲伝授の図
早島 天來
Tenrai Hayashima


聖経山(昆崙山脈の東南に位置する峰を指す)に建つ天來宗師大先生の書「人間は病気では死なない」の石碑。
著書は中国、台湾、韓国語に翻訳されるだけでなく、アメリカ、ヨーロッパに向けても出版された。また、その著書総数は80冊を越える。
早島天來宗師は、導引術やタオイズムの思想を広く伝えるため、
数多くの著書を執筆しました。
その著書は日本のみならず海外でも出版され、多くの人々に読まれ続けています。
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